さやかは、冷蔵庫から缶ビールを取り出しながら、鏡に映る自分の姿を見つめた。
42歳、4人の野球少年の母
そして今や体重計の針が振り切れそうな主婦。
出産のたびに増えていった体重は、もはや彼女の人生そのものを重くしているようだった。
「もう、これ以上は無理よ」
と呟きながら、さやかはビールを一気に飲み干した。
彼女にとって、アルコールは日々のストレス解消法であり、親友でもあった。
ある日、さやかは意を決してD美容クリニックへ足を運んだ。
「動かないで痩せる」という謳い文句に惹かれたのだ。しかし、見積もりを聞いた瞬間、さやかの顔は真っ青になった。
「130万円…」
さやかは絶望的な声で繰り返した。
「これじゃ、私の年間アルコール代と同じくらいよ」
帰り道、さやかは公園のベンチに腰を下ろし、コンビニで買ったビールを開けた。
そこへ、ママ友のりえが現れた。
44歳で、さやか以上に太っているりえは、いつも通り缶ビールを片手に歩いてきた。
「やあ、さやか!また飲んでんの?」
りえは笑いながら声をかけた。
さやかは苦笑いを浮かべながら答えた。
「あんたに言われたくないわよ」
二人は笑い合いながら、ビールを傾けた。
そんな中、りえが突然真剣な顔になった。
「ねえ、さやか。私も今日、Dクリニックに行ってきたの」
さやかは驚いた顔でりえを見た。
「え?あんたも?」
「そうよ。見積もりをもらったんだけど…350万よ」
りえは缶ビールを置きながら言った。
「私たち、一緒にダイエットしない?」
さやかとりえは顔を見合わせた。
この瞬間、二人の心に同じ決意が芽生えた。
「よし、やるわよ!」
さやかは立ち上がった。
「私たち、ダイエットするわ!…でも、お酒は完全にやめられないわ」
「そうね、少しずつ減らしていこう」
りえも同意した。
その瞬間、さやかの目に一人の男性が飛び込んできた。
「諸星コーチ!」
近所で評判のイケメン野球コーチだ。
さやかは思わず息を呑んだ。
「こんにちは、お二人とも」
諸星は爽やかな笑顔で挨拶した。
「お子さんたちの野球、とても上達していますよ」
「ありがとうございます」
今日はついている!さやかは今回は頑張れる気がしていた。
そして酔いどれダイエット奮闘記が始まった。
毎朝のジョギング(二日酔いと戦いながら)
野菜中心の食事(ビールのおつまみに)
そして何よりも、お互いを励まし合うこと。
時には挫折しそうになりながらも、二人は諦めなかった。
さやかは、仕事と子育ての合間を縫ってダイエットに励んだ。
野球の練習に付き添いながら、自分もストレッチをする。
家事をしながら、腹筋を意識する。
そんな日々が続いた。
ただし、夜になると相変わらずビールを手放せなかった。
ある日、諸星コーチが声をかけてきた。
「さやかさん、最近変わりましたね。輝いていますよ!」
さやかは思わず頬を赤らめた
「あ、ありがとうございます。」
その夜、さやかは鏡の前に立った。
確かに、少しずつだが変化が見えてきた。体重は減り、顔つきも引き締まってきた。
そして何より、自信が戻ってきたのを感じた。
ただし、お腹のあたりはまだまだだった。りえとの電話で、お互いの進捗を報告し合った。
「さやか、私もね、少しずつだけど変わってきたわ。でも、お酒がねぇ…」
「わかるわ、りえ。私も同じよ。でも、頑張ろうね」
そして、ついに決戦の日がやってきた。
子供たちの野球大会。
さやかとりえは、すっかりスリムになった姿で応援に駆けつけた。
ただし、二人とも水筒にはこっそりお酒を入れていた。
試合は接戦だった。
最終回、ツーアウト満塁。
打者は、さやかの末っ子。
「頑張れ!」
さやかとりえは力いっぱい声を張り上げた。
その声には、少しアルコールの香りが混じっていた。
その瞬間、カキーンという清々しい音が響き渡った。
打球は綺麗な放物線を描いたが、惜しくもフェンス直前で捕られてしまった。
しかし、ランナーは全員生還。サヨナラ勝利だ。
歓声が沸き起こる中、さやかはりえと抱き合って喜んだ。
そして、諸星コーチの方を見ると、彼もさやかに向かって微笑んでいた。
さやかは、諸星コーチの爽やかな笑顔を見ながら、ふと思った。
「やっぱり素敵だな~」
そんな彼女の思いを察したかのように、諸星コーチが口を開いた。
「さやかさん、実は…」
彼は少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「僕、ぽっちゃりした女性が大好きなんです」
さやかは耳を疑った。
「え?」
「そう」
諸星コーチは真剣な表情で続けた。
「さやかさんがダイエットを始めてから、正直寂しかったんです。あの柔らかそうな…いや、ごめんなさい」
さやかは目を丸くした。
「まさか…私が痩せていくのを見て、悲しんでいたんですか?」諸星コーチは頷いた。
「はい。さやかさんの…その…マシュマロみたいな体が大好きだったんです」
さやかは思わず吹き出した。
「まさか、私のお肉を褒められるなんて!」
諸星コーチも笑顔になった。
「だから、お願いです。もうダイエットはやめてください。僕は昔のさやかさんが大好きです」
さやかは迷った。
でも、諸星コーチの真剣な眼差しを見て、決心がついた。
「わかりました。私、太ることに決めました!」
二人は笑い合った。
その夜、さやかはりえに電話をかけた。
「りえ、聞いて!私たち、太ろう!」
電話の向こうでりえが驚いた声を上げる。
「え?どういうこと?」
さやかは興奮気味に説明した。
「諸星コーチがね、ぽっちゃり好きだって!私たちのために、Dクリニックじゃなくて、デブクリニック作ろうよ!」
りえは大笑いした。
「さやか、あんた本当に面白いわ!でも、いいわね。私も付き合うわ!」
こうして、さやかとりえの「幸せ太り道」が始まった。
毎日、美味しいものを食べ、笑い合い、そして少しずつ…丸くなっていく。
諸星コーチは、日に日に豊満になっていくさやかを見て、目を細めた。
「さやかさん、本当に素敵です」
さやかは幸せそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。私、毎日幸せです」
そう、彼女たちは気づいたのだ。
本当の幸せは、自分を偽らず、愛してくれる人と共に過ごすこと。
それが、たとえ少し…いや、かなり太っていたとしても。
さやかは日記にこう書いた。
「今日も、幸せ太りの一日。明日は、りえとケーキバイキングに行くの。ああ、人生って素晴らしい!…でも、そろそろベッドがきしむ音が気になり始めたわ」
こうして、さやかたちの新しい人生が、まあるく…そう、まあるく転がり始めたのだった。

